夏庵`s nest

nest [nest]
1(鳥, 虫, 魚, 小動物の)巣, 巣穴.
2居心地のいい場所, 休み場所, 隠れ場所, 避難所.

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寝床 / 文楽と志ん生
 たまらないかなしみさえもってー最もそれは僕が諸般の事情によって、義太夫を語るまいとした決意に対するあるいはぼくの感傷かもしれない。しかしぼくは、ぼく自身義太夫を語るずッと以前から、しばしばすぐれた「寝床」をきいていると、巧妙きわまるいいわけをしては、どんなにしてでも義太夫をきくことから逃げようと惨憺たる苦心をするお長屋の衆や、店のものに強い怒りを感じ、「寝床」の主人公の心情には深い同情とあはれを感じたものである。
わが落語鑑賞
わが落語鑑賞
安藤 鶴夫  「寝床」の前口上より引用


 安藤鶴夫氏がこう前置きした後で、口述記録が記されている噺は八代目桂文楽師の「寝床」なのである。
 「寝床」は素人かじりの義太夫を唸るのが唯一の趣味という大家さんが、何とか自分の芸を人に聞かせたいと、酒から、ご馳走から、甘いものまで取り揃えてもてなして、長屋の店子を呼び込んで義太夫の会を催すのだけど、だれもが大家さんの義太夫が大変まずいのを知ってるから、なんのかんの理由をつけて出席しない。店子どころか、自分で雇ってる店のものまで逃げ出そうという始末。さすがに頭にきて、明日の朝には全員店立てだ、店のものにもひまをだせ!まで言い始めるから、さすがにここまで怒らしちゃまずい、何とか機嫌を納めてもらって、一晩だけでも付き合おうじゃないかと集まりはするが、飲んで食べたらあとはみんな座敷で寝ちまう。御簾の向こうで気分良く唸ってた大家さん、あんまり静かに聴いてるもんで気になって御簾を上げてチラッと覗いてみるとこの有様。ひとりだけめそめそ鳴いてる小僧がいるんで、人情を解さぬ輩供と違ってさすがに子供は純粋だ、私の芸に感極まってないたのかと尋ねたら、大家さんが今しがた語っていた舞台を指して、「あそこがあたいの寝床だ」というお話。
 「下手の横好き」=「寝床」みたいに使われるほどだから、とにかく素人の芸事好きを揶揄する話には違いないのだけど、確かに文楽師の話しを聞くと、大家さんの芸の出来不出来よりも、長屋住まいの連中や店の奉公人を相手にして、そもそも趣味のない人間に聞かそうという了見が間違ってるのではと、幾分大家さんに同情したくもなってくる。
 それぐらい、文楽師の演ずるところのこの噺の主人公は、上品なよく気のつく人の良い旦那さんに描かれている。
 文楽師が演ずる「寝床」が師の十八番であるのはもとより、この噺の決定版であるのは、やはりこのあたりの、もう一段掘り下げた人の描写の深さによるところなのでしょう。大家さんが自分の芸を聞くものがないとすねても、長屋の連中が大家さんの芸をくさしても、まあ嫌な気持ちがしないという、ね。
 で、これが決定版だとするなら、同時代の名人志ん生が寝床をやるとどうなるか。
 これがまた人物描写も何もあったもんじゃない。
 まったくナンセンスな爆笑落語になってしまうんだから、いやまったく落語ってぇのはどーも。
 志ん生師がいつもこのスタイルで「寝床」をやってたのかどうか知らない。
 ただぼくがきいたCDに納められてる志ん生の「寝床」はとにかくむちゃくちゃだ。
 とにかく枕が長い。
 最初に普通の人でもお湯に入るとつい歌いだすという情景描写(お湯に入った人が最初は熱いからお念仏を唱えてるんだけど、徐々にお燗がついてくると(笑)最初はため息がでて、それの息が長くなって都都逸になる、すると横の知らない人が三味になって合いの手を入れる、ちちン♪)からはじまって、例によって爆笑の小話を差し挟みながら、この噺の当時は義太夫も大変人気のあった大衆芸能であったこと(娘義太夫というのがあって、実にいい女がやっていて、だから人気があったなんて話)などをはなし、お金持ちの旦那衆の習い事がまあ大変いい加減なものであったという話(弟子のほうから師匠を断る、なんてぇことがある)などをする。
 文楽流からいえば逆パターンですね。徹底的に大家さんを可笑しく描いてやろう、という。 で、また大家さんが例によっていろいろと店のものに用を言いつけるのだが、文楽流ならここはいかにも来てくれた人に気を使ってる様子なんだけども、志ん生流だと、やはりなんだかいってることが頓狂である。
 まず、こどもに浄瑠璃などわかる分けないのだから入れちゃいかんと言う。これじゃ落ちが着かないじゃないか(笑。それから、うるさいから、咳をする奴は入れるなという。実際の客席でもそういわれると気になって途端に咳する人がいて、もちろん場内爆笑。で、すかさず、咳やくしゃみはいけないけどもね、後はなにやってもいいよ。目ばたきなんか大いにすればいい、といってまた笑わす。
 で結局、長屋のものもこない、店のものも怪我だ病気だという話で逃げ回る。大家さん怒って店立てだ!といい始めるまでは一緒だが、そこからでもまだ長屋の連中が行こうか、行くまいか相談し始める。
 体を悪くしてもここは今後の生活のためにききにいくか、いいや、明日からは無宿者になろうともあの声だけはきくわけにはいかない、命に関わるとい言い出す奴もいる。で、噂話で、昔そのお店で働いていた番頭が大家さんと差しで義太夫を語られて、こりゃどうにも我慢出来ないっ!て、逃げ出したら、後ろから語りながら追っかけてくる、で蔵の中に逃げ込んだらしばらくはぐるぐると蔵の周りを廻ってたかと思うと終いには蔵の天窓から顔をだして蔵の中へ義太夫を語りこんだという、で番頭さん、翌日には書置きを残して姿をくらましちまった、うわさでは今はドイツにいるらしい...って、これが落ちだよ!(笑
 すごいよな、なんだか赤塚不二雄のマンガを見てるみたいだ。
 しかし、文章にしてもちっとも面白いような気がしないな。これじゃぼくの話がまるで「寝床」だ。


 常に対照的に語られる文楽と志ん生。どっちがどうという話ではもちろんない。けど、同じ噺でもまあ、これだけ違うという、これは一番極端な例ではありますけどね。
 ぼくの好みでいえばこの場合でいえば志ん生なんだけど(なんせ面白い、電車の中とかでは絶対聞けない!)それも文楽の「楷書の芸」があってこそ、とはいわないまでも本流があるからこそ思い切った崩し方もできるのだろうなとも思います。
 ちなみにこんかいぼくがきいているCDは以下の通り。
落語名人寄席
落語名人寄席
 
NHK落語名人選 (33) : 五代目 古今亭志ん生
NHK落語名人選 (33) : 五代目 古今亭志ん生

 ちなみに文楽のほうはスタジオ録音なので非常にききやすくはありますが、お客さんの笑い声などがないのはやはり少しさびしい。
 一方志ん生のほうは録音はよくない。非常にききづらいのですが、ライブの臨場感はたっぷりです。
 どちらもぜひご一聴を。
| 落語 | 16:49 | comments(0) | trackbacks(0)
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